父は治癒に近い状態との診断だったが全身衰弱で以前のように動けなかった。
それでもリハビリの甲斐もあり、退院の目途がたち4か月以上の入院生活から
自宅に戻ってくることが出来た。
久しぶりに病衣を脱いで普段着姿の父を見ると嬉しかった。
自宅では体の負担を考えて1階の居間にレンタルした介護ベットの周辺が父の生活
スペースとなった。
台所からは父の様子がうかがえるし世話もしやすい。
拒否していたデイサービスもなんとか通ってくれるようになり、私はまた仕事に
戻って実家を離れて様子を見守っていた。
老々介護のスタートだ。
が・・・・
母から電話がかかってくると、
父の愚痴がとまらないとまらない やめられないとまらない。
私は母のストレスの捌け口となった。
デイサービスの車の乗り降りに滅茶苦茶時間がかかる
その様子をご近所に見られて恥ずかしい
母は以前のように動けなくなってもぞもぞ動く父の姿を見るとイライラしていた。
愚痴を聞かされる私のストレスの捌け口はなく、耳鳴りになってしまった。
以前から、仕事がMAX忙しくなって乗り越えて落ち着いた頃にきまって発症して
いた。
80代が80代の介護。
そりゃ厳しいよね・・・
やがて楽しみに変わったデイサービスの連絡帳